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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)809号 判決

上告人

有賀芳信

右訴訟代理人

河野光男

被上告人

静岡信用保証協会

右代表者

仲野善二

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人河野光男の上告理由について

原審の適法に確定した事実は、おおよそ次のとおりである。すなわち、被上告人は、訴外有限会社有賀商店に対して四八四万五七二〇円の求償債権を有するものである。右有賀商店は経営状態が悪化した後の昭和四九年一二月二日上告人に対して本件土地(一審判決の目録記載の土地。二筆からなるが、不可分一体のものと認められる。)を含む物件を譲渡担保として譲渡した。本件土地の価額は、右譲渡担保契約締結時においてはもとより、本件事実審の口頭弁論終結時である昭和五三年二月当時においても一五〇〇万円を下廻らないが、本件土地については右譲渡担保契約の締結前である昭和四九年四月二五日付で訴外株式会社清水銀行のために被担保債権の極度額一六〇〇万円の根抵当権設定登記が経由されており、右譲渡担保契約締結後間もない昭和四九年一二月二三日当時の被担保債権額は一三九〇万円であり、口頭弁論終結当時においては多目にみても一二〇〇万円を超えることはない。

本件における問題点は、譲渡担保としてされた本件土地の譲渡に対し被上告人による詐害行為の取消が認められる場合において、その結果として本件土地自体の返還を請求することができるかどうかであるが、詐害行為取消権の制度は、詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれを認めるべきである(大審院昭和九年(オ)第一一七六号同年一一月三〇日判決・民集一三巻二三号二一九一頁参照)。それ故、原審の確定した右事実関係のもとにおいて、逸出した財産自体の回復が可能であるとして、本件土地全部についての譲渡担保契約を取り消して右土地自体の回復を肯認した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 戸田弘 中村治朗)

上告代理人河野光男の上告理由

原審東京高等裁判所第一四民事部は本件について最高裁判所大法廷昭和三六年七月一九日判決と異なる判断を下し、結局民法第四二四条に違反した。

従つて右控訴審判決(以下原判決と称する)は、民事訴訟法第三九四条により破棄されなければならない。

すなわち原判決は、本件土地の一部について詐害行為が成立するにすぎないことを認めながら(取消権を行使し得る債権に優先する根抵当権の被担保債権額より、土地の価格の方が高額であるので一般債権者の共同担保たるべきこの差額についてのみ詐害行為が成立すると前提する)、詐害行為取消権行使の効果として不可分な土地全体について譲渡担保契約を取り消した上被上告人が同地全部の回復を求めることを許すが、かかる判断は、前記最高裁判決の「抵当権が設定されている不動産を提供することによつてなされた代物弁済が詐害行為となる場合には、取り消しうる範囲は当該不動産の価額から抵当債権額を控除した残額の部分に限られ、しかも目的不動産が不可分のものと認められる場合には、債権者は一部取消しの限度で価額による賠償を請求する以外にない」とする見解に違反する。

原判決は、前叙の如く、土地全体の回復を認めても、混同によつて消滅した担保権の復活を認めなければならないような複雑な事態を生じないこと、全部を取消しても上告人に不利益でないこと、価格賠償が上告人にとつて必ずしも有利とはいえないことなどの事由を、前記最高裁判決と異なる判断を下した根拠とするが、右はそもそも本末顛倒と云わざるを得ない。

なるほど、目的物が不可分の場合、全部の取消を許すべきであるとする見解も無いではないが、右見解の前提は、目的物に抵当権の附着なく、従つてその全部が共同担保となつているため、一応行為全部を詐害行為と云い得る場合であり、本件の如く目的物の価格から抵当債権額を控除した残額のみが共同担保となつているためその部分の資産減少行為のみが詐害行為となる事案において、取消がその範囲に限られるのは理の当然であり、右取消の対象を金額で評価する以外なしとするのもやむを得ざるところである。

原判決は便法に名をかりて詐害行為取消制度の本質を見失うものであり、角を矯めて牛を殺す謗りなしとしない。

よつて原判決はすみやかに破棄さるべきである。

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